ハーブな暮らしを始めよう



私がハーブを暮らしの中に取り入れるきっかけとなったのは、他でもない、乾癬という不治の皮膚病を発症したことだった。 今からもう20年に前になる。結婚を機にスペインで暮らすことを決め、それまで9年間もの間、不妊診断を受けていたにもかかわらず、3人もの子どもを授かることができた。


生まれ育った国を離れ、当時、誰一人日本人がいなかったスペインの小さな村で母として嫁として生きる。表向きはそうやって強く立ってはいても、実際にはそう容易ではなかった。

向こう見ずで、一人で全部抱え込み、次第に自分が見えなくなってしまう。今、思えば、それを分からせてくれたのが乾癬だったのかもしれない。

乾癬について 乾癬というのは、皮膚が赤く盛り上がり、皮がポロポロと魚の鱗のように剥がれ落ちていく皮膚病で完治が非常に難しく、関節炎を伴なったり、場合によっては皮膚炎症が全身に広がることもある。乾癬の中でも汎発性膿疱性乾癬と呼ばれるものは難病に指定されている。


この病気は免疫システムのバランスが崩れることにより自己免疫疾患を起こしてしまうというもので、その引き金となる可能性のある因子が、ストレス、疲労、ホルモン異常、偏食、薬や感染症、その他の外部因子と幅広いこともあって確定できず、的確な治療法が見つかっていない。


つまり、自己免疫疾患というのは、本来なら、それぞれの原因となる因子に対して働きかけるべき免疫システムがバランスを失い、因子ではなく自分自身を攻撃してしまうという異常反応をいう。


私が最初に発病したのは次男が生まれた食後。出産によってホルモン状態のバランスが崩れてしまったのか、慣れない環境によるストレスなのか、未だに原因は分かっていない。


痒みが強く、顔や頭皮、手足といった場所に発症することが多く症状が他人の目にも分かってしまう。他人に感染することはない病気ではあるけれど、患者の精神面でのダメージが強い病気でもある。さらに、そのストレスによってさらに悪化してしまうので困ったものだ。

正式に乾癬という診断を受け、スペインの主治医に「残念だけど、治らないね」と言われた時には、顔はパンパンに腫れ真っ赤に膨れ上がっていた。頭部はブラシを使うと洗面所の排水口が詰まってしまうのではないかと思うくらい頭皮がペラペラと剥がれ落ちた。 そんな時に偶然出会ったのが自然派医療の医師だった。


かなり年配だったその医師は、初診でまずカルテを作成するのだが、患部を順に診察するのかと思えば、顔の発疹状態と目と手、爪の状態などをさっと見ただけで慢性便秘や生理不順まで見抜かれて診察終了。その後、一週間ほどで食生活に関する細かいアドバイスが書かれた診断書指示書が郵便で届いた。


カフェインやアルコール、炭酸飲料の摂取をやめる。砂糖を控える。添加物を極力避けるといった食生活改善の指示の中に書かれていた一つがミックスハーブのインフュージョンだった。


診断書指示書が届いた翌日にその紙を持って自然派食品専門店に急いだ。指示された数種類のメディカルハーブが混合されたインフュージョンを手に取って見ていると、皮膚炎のためのものではなく、肝機能を強壮する効果を目的としてミックスされたものだとアテンドしてくれた若い男の店員が教えてくれた。


つまりこういうことになる。


自己免疫反応の引き金となっている因子を確定できないのであれば、因子を探し出すのではなく、トラブルに強い免疫力をつけ、自己治癒力を向上させる。 体内でフィルターの役割をする肝機能を強くし、不必要な毒素を吸収しないようにする。 ハーブという自然の作用によって、疾患部だけではなく体内を根本的に改善し、心身ともに癒す。


というものだ。


この療法に出会ったお陰で、乾癬の治療は、自己管理のもとに「病気と共存」することが可能となった。 残念ながら、私が診断を受けた医師は数年後に現役から引退されたのだが、このインフュージョンに出会えたことを本当にラッキーだと思っている。そして、同じように、「治らない病気」というレッテルを貼られたまま、ステロイド塗布による治療しか選択肢の無い人達に、そうではないのだと希望を持って欲しいと願って止まない。





病気と共存する


では、 ハーブが自己免疫疾患に効果的で、不治の病をケロリと治してしまうのかというとそうではない。ハーブは自分自身の食生活を見直して「病気と共存」できるように免疫を高めていくための補助輪でしかない。ハーブは治療薬ではないのだ。


けれど、遙か遠い昔から、ヨーロッパでは家庭医療の基本として健康管理に必須のものとして大切に受け継がれてきたものだという事実は無視できない。 現代医学の進歩によって開発された薬に比べると即効性はない。人間が、少しずつ本来あるべき機能を取り戻し、自分自身の持つ自然治癒力を高める手助けをしてくれるのがハーブ。


たった一つの自分の体なのだから、少しでも良い状態を維持できるように、命ある限り、大切にしてあげたいと思う。私だけが出来ることなのだから。そして、身体を大切にするために、まず、労わらないといけないのが「心」なのだということを忘れてはいけない。今日、笑ったのだろうかと一日を思い返して、一瞬も笑っていなかった自分を見つけて悲しい気持ちになることがある。


そうは言っても、人間なのだから四六時中ずっと笑っていることなんてできない。まして、体調が良くない時は精神的に弱くなり、悲観的になり、自暴自棄になることだってある。

私にも、乾癬の発症時に、なかなか改善されない症状に希望を失い、鏡を見る度に泣いていた時があった。 けれど、そんな時も子ども達が、私の軽石みたいに荒れた乾いた頬に彼らのマシュマロのように柔らかで木目細やかな頬を擦付けて抱きついてくれた。頭皮や自分では見えない部分に保湿オイルを塗ながら励ましてくれたのは夫だった。


私が彼らを愛するように、彼らにとって、病気を患う私も、元気な私も「私」でしかなく、彼らが愛してくれているのは「私」なのだ。 大切な人たちのまっすぐな愛を受け取り、私は「自分を守る」と誓ったあの時のことを決して忘れはしない。



食べて生きる


私は医師ではない。けれども、「食べて生きる」ことの大切さを常に意識し、言葉にして綴っている。 それは、食事制限を厳格に守り、日々の摂取量をコントロールしながら、サプリメントで数字合わせをするというものでは決してない。

日本は「いただきます」という美しい言葉のある国。自然がもたらしてくれた命を頂くことに改めて感謝し、生きていることを喜びながら、明るい気持ちでその命を取り込む。 すると、食べるという行為が、一時的な満腹感のためのものでなければ、単なるエネルギー補給でもないことが自然に分かってくる。


美味しい!!


本当にそう思って食べることが心の栄養になっていく。 料理が下手だから美味しく作れないとか、食材が悪いのだから仕方ないと思わないで欲しい。味の良し悪し以上に、心が先に満たされていないと胃袋はもちろん身体そのものの栄養にはならない。 美味しく食べるには、何を食べるか以上に、どう食べるかがとても大切だと思っている。


体を動かしてみる。 太陽の光に当たってみる。 大声で叫んでみる。 お腹が捩れるほど笑ってみる。 愛する人を力いっぱい抱きしめる。 全てが「心」の栄養であり、「体」のエネルギーとなる。




2020年のクリスマス発症から1ヶ月が過ぎ、ようやく顔の皮膚がツルりとしてきた。まだ、炎症のあった部分の皮膚が火傷の跡のように薄茶色になっている けれど、日に日に皮膚の色を取り戻している。きっと、もう一週間もすれば分からなくなるに違いない。


ちなみに、乾癬の治療にあたって医薬品は一切、使用していない。唯一、「草(ハーブ)」を「楽」しみながら、自分と向き合う。これが本来の「薬」なのだと思う。


現在、世界を脅かし続けているコロナ禍が人々に残すものは、これからもゼロになることはない。共存が必須の時代ということだと理解している。 その中で、自分や自分が大切な人を守り、笑顔でいるために、出来ることを実行していきたいと思う。





キッチンの隅を陣取ったハーブ達が満足気に微笑む。水をやるたびに鼻先に訪れる香り。彼らも生きている。


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